昨日の大統領選の結果、共和党のトランプが勝利したことについて、予想以上に自分が衝撃を受けていることがわかって驚いた。
別にクリントン勝利に大金を賭けていたわけでもないし、トランプの政策が自分の生活に直結して悪化させるわけでもない。それなのに、本当にショックだったのだ。
どうしてだろうと思いながら寝たら、夢で全てが止まってしまった社会というのを見た。ある日突然、いろんなものの供給が止まったので、せいぜいお金持ちがあるだけ買い集める以外は、みんな座して死んでいくしかないという社会だった。
目が覚めてから、自分が社会の先行きに対する大きな懸念があるということを実感した。
中国は世界の古代文明発祥の地で唯一、古代文明から大きな断絶を経ることなく発展してきた社会だ。
5,000年以上の歴史を経て作られてきた社会は、地球上で最も発展した人間社会であるはずだが、現実には中国人はあまり社会性を持った人たちには見えない。
それが、5,000年の経験が示す社会への解なのか、あるいは単に発展していない人たちなのか、という疑問が常にあった。
しかしトランプの当選を見てみると、おそらく両方とも正解なのだろう。人間というのは、長い時間をかけても社会性が発達していくという生物ではないんじゃないだろうか。
近い歴史で見ると、地球上の世界が一つのものという共通認識のもと、従来の延長線上で争われた第一次世界大戦後、争うよりは協調したほうが発展が得やすいのではないかという感触はあったものの、結果として一つの世界となったことが世界恐慌を巻き起こし、各国が保護主義化し、そこから第二次世界大戦に至った。
それを教訓とした協調と話し合いによる世界融和の路線は、冷戦という状況を作りながらも、過去に基づいた人間社会のあるべき未来を目指す方向の必要性を、世界中が一致して感じていたからこそ成立した、ある種の人間社会の発展の成果だっただろうと思う。
しかしその記憶も薄れた今、リーマンショックを経て、各国が選択したのは、イギリスのEU離脱であり、保護主義を掲げるトランプの大統領当選という、このボーダーレスやグローバル化が言われてる時代に想像もしなかった、旧態依然とした世界の混乱への対応手法だった。
すでに競争力を失っているものを守ろうとしても、コストがかかるだけで、ノスタルジー以外の何も得をしない。
それでも、みんなのためよりも自分の目先の利益を守りたいという人のほうが大勢になってるのが、今の社会ということだろう。
世界の融和が全体としての発展になるという認識は、もはや人間社会での共通の認識ではなくなっている。
結局のところ、そもそも人間社会が紆余曲折はあれ、より望ましい方向へ発展していくものだという考え方そのものが、過去の高度成長期の理想主義的な遺産にすぎないということだと思う。
人間は社会的に発展しないし、その場の感情で大事を決定する、そういう生物である。