世界経済の失調と流動性

結局、世界経済はアメリカのサブプライム・ローン問題に端を発した、いわゆるリーマン・ショックから復活できないまま、今に至っている。
これについては、経済学者がいろいろ数字を引いて説明していて、それぞれに首肯できる部分はあるが、またそれを参考にして各国で経済政策が実施されている状況であるにもかかわらず、あまり状況は改善できていないあたり、いろいろな話に発散しすぎているようにも感じられる。

個人的には、今の経済状況は、単純に流動性の不足だと思っている。
世界経済の規模がどんどん大きくなっているのに、お金の総量が不足しているので、資金需要はあるが結果がどうなるかわからないようなリスク案件に投資が回らず、結果として新しい資金需要を生み出すような経済圏なり産業なりが出てこないので、経済全体が安全だが縮小均衡してしまっている状況ということだ。

これには2つの原因があって、一つは流動性を担保するような存在がなくなったこと。もう一つは過剰流動性への恐れ。

流動性の担保については、たとえば日本で考えてみるとわかりやすいが、日本には過去に土地神話というものがあった。日本の土地は多少の上下はあっても絶対的な価値は失われることはなく、基本的には右肩上がりにその価値は上がり続けるというもの。
そのおかげで、銀行や国は、担保として土地を確保できていれば、そこにはどんどん資金を供給し続けることができた。たとえば、100平方メートルの土地を担保に、実績さえあれば120平方メートル分のお金を借りて、150平方メートルの土地を買い、さらにそれを担保に200平方メートル分のお金を借りて…ということもできた。一つの土地が、その価値の何倍もの流動性を生み出していたのだ。
しかし、バブル崩壊とともに土地神話はなくなった。銀行には厳格なリスク管理が求められ、たとえ都心の一等地でも、それを担保にどんどん事業資金を融通するようなことはできなくなった。一時期はITバブルのように、新規公開株にその代わりを求めるような動きもあったが、これもITの一般化とともに終焉。その後、何かお金をどんどん市中に流すような産業も創出できないまま、今に至っている。
これと同じことが、世界でも起こっているわけで、たとえばドバイの開発のように埋め立てていけば永遠にお金を生み出すかと思ったところは実はそうではなかったり、中国やブラジルの経済規模は結局は総需要に支えられていただけだったり、あげくに絶対的に価値を生み出すはずだった石油や鉱物資源まで価格下落で信頼できなくなった状況では、お金をどんどんつぎ込んでもいいものはもはや世界にはなく、通貨をどんどん流通させられなくなってしまって、それがさらに新しい金脈を発見する活動を抑える悪循環になっている。

そして、過剰流動性への恐れ。
第一次大戦後の大規模インフレの経験は、まだ世界に生きている。先進各国は、現状を克服するにはもっとお金を市中に流して、流動性を上げればいいとわかっていながら、何の根拠もなくお札を刷り続けては抑えようのないインフレが来ると思い、十分な流動性を供給できずにいる。
さらに日本のように、世界中に資産を持ち、政府は海外の投資家ではなく国民や国内企業から借金をしているので資金逃避の恐れもないような国までが、インフレにしたいと口では言いながら、流動性供給を抑え続けてるようでは、もはや誰もお金に余裕を持っていない。

しかし、世界経済はここ20年で大きくボーダーレス化し、途上国を巻き込んで大きく資金需要は拡大している。
過去には世界経済と何の関係もなかったような、アフリカのジャングルの奥地の数十人規模の部族までもが、今は世界経済の一員として通貨経済を担っているのに、お金の総量の増え方は緩慢である以上、お金が足りなくて経済が回らないのはもちろん、それを奪い合ってあちこちで紛争が増えるのは当然のことだ。

じゃあどれくらいの規模の資金を供給すればいいのさと言われると、それはわからない。
もちろん、それがわからないから、各国とも手探りの資金供給を及び腰になってやっているというのも、理解できる。
しかし、単純に人口比で考えても、30年前までならおそらく30~40億人程度の経済規模だったのが、今は70億人は確実に参加している。そこへ日本のバブル前くらいの金余り状況をもたらすにはどうしたらいいか。
とりあえず今くらいの規模では、ちょっとどうしようもなく少ないことは確実なんじゃないだろうか。


Author: talo

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