できろ

この前気づいたのだが、自分は「できません」と言われると、かなり頭に血がのぼるようだ。
べつに無理矢理にでもやれと言ってるのではなく、できないならできないなりに、言い方あるいは別の提案がないのか?ということである。

仕事においては、同じように思う人も多かったようで、よくそれが発端でけんかになったりしてるのを見ていたため、自分の部下には「無理なことでもできませんと言うな。それは難しいのでこうならどうでしょうとか、とにかく単純拒否はやめろ」と、常々言っていた。

ところが、客商売で案外これを平気な顔で言う人がときどきいる。
べつにこっちは、ゴネ得を狙ってるわけでもなんでもない。ただ、「できません」と言って涼しい顔をしているのがむかつくのである。それがおまえのホスピタリティか!?と怒鳴りたくなるくらいである。
本当にどうしてもできなくても「ちょっと上の者に聞いてみますね」とか、して見せるだけでも、客のほうはベストは尽くしてくれたんだから仕方ないと思ってくれるもの。それを投げ出すように「できません」って、なんだそれ。

これでいちばんむかついたのは、ヴィトンの靴。
日本人の足には細かったので、気密性が良すぎて、歩いてるとプシュプシュうるさい。なんとかならないのか…と思って、持って行ったら「商品に問題はありません」とくる。
いや、そんなことはわかってる。店員として何か「こうしてはいかが?」という提案はないか?と聞きたかったのに「ゴネて交換してもらおうと思っても無理よ」というような回答をされて、腹がたたない客がいようか。
たとえば「このジャケットになにを合わせて着ればいいのかわからない」という客に「あなたの好みは知らないから勝手になんでも着ればいい」というようなもの。少なくとも高級ブランドを標榜するような店の店員は、着こなし方、使い方について、何かしら提案できる技能がないといけないんじゃないだろうか?

こんなことでは、きっと日本の接客レベルもそのうち、アメリカみたいになっていくんだろうなぁと思ったりする。


Author: talo

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