医師会会長選と安倍退陣

コロナ禍の最中の今年7月、日本医師会の会長選挙があった。
当選したのは、続投を狙った横倉氏の5期目を阻んで、対立候補となった副会長の中川氏。

当初、中川氏は横倉氏の後継と目され、今年の会長改選を期に禅譲となると思われていた。しかし横倉氏が中川氏に譲ることで、支持組織としての体制が揺らぐことを危惧した自民党が横倉氏の会長留任を強く支持したため、すでに立候補を表明して走り出していた中川氏との間で、組織を二分する争いとなり、結果として自民党の意向は、贔屓の引き倒しとなってしまった。

日本医師会はもともと、地方の高齢者層への影響力が強く、集票組織として自民党は重視してきたものの、組織としては自民党との距離感が十分に近いとは言えず、時勢によって執行部は、親自民であったり、非自民であったりしてきた。
それがこのタイミングで、親自民の横倉氏から、自民党政権との距離をとることを言明する中川氏に代わったのは、安倍首相の政治力の衰えとは、おそらく無縁ではないだろう。

第二次安倍政権では、それまでの民主党の福祉重視型予算からの巻き返しがあったため、基本的には診療報酬は据え置かれてきた。それでも、消費税増税分の補填のほかに、医師への技術料に相当する部分の保険点数は引き上げ、また主に開業医から組織される日本医師会への配慮として、いわゆる「かかりつけ医」への患者の誘導のための総合病院での初診料引き上げなどを行ってきたのは、親自民の横倉会長への配慮であり、また会員もそれを了解して政権を支持してきた。

しかし、アベノミクスの進展により、人件費だけでなく、地価や物価が上昇する一方で、一部の例外を除いて診療報酬の引き上げがなかったことは、安倍政権への医師会所属医師の不満を徐々に蓄積させていっていたことは、想像に難くない。
このことが、横倉会長退任による、人心一新と政権へのより強い意見表明への体制変更を望む伏流となって、今回の会長選に至っていたと思われる。

安倍政権側は、コロナ禍で政権の指導力不足に国民からの不満が出ている状況で、フロントエンドを担う医師会までもが、親自民でなくなる状況はどうしても避けたかったはず。
しかし、状況の切迫度合いについての情報が不足していたのか、支持を強く打ち出していけば多くは自民党支持の会員で構成されているので横倉再選は確実と見たのか、対応は鈍かった。
コロナ第一波が落ち着き始めていた5月下旬、厚労省は新型コロナウイルス感染症の中等症・重症患者の受け入れに対して、保険点数を3倍で算定することを通知する。しかしこれでは、コロナ疑いで来院する患者への対応にかかるコスト、あるいはコロナ感染を避けるために来院しなくなった継続的な通院患者の減少には、当然対応できない。
感染が広がってきていたとはいえ、まだまだ全体の来院者数からはほんの一部であったコロナ患者、しかも中等症以上の患者への対応のみの補填は、多くの個人開業医の経営内容に資するものではなかった。

ここまで、政権寄りの横倉体制で、診療報酬上げがなかったことについては、政治的な判断としてある程度までは医師会会員も受け入れてきた。しかしいよいよ各病院の経営危機が目前に迫っている状況でも、そこへ支援の手が差し伸べられることがないことについて、横倉体制では自分たちの利益にはならないと会員が我慢できなくなったとしても無理はない。
この情勢は、さすがに自民党および政権にも伝わり、会長選挙が公示されると、自民党機関誌への横倉会長・二階幹事長の対談記事の掲載、そして安倍首相との直接会談と記者会見の実施と、横倉体制への強い支持がアピールされる。

しかし単なる親密アピールだけで、何も手にすることができないのは、横倉体制下の4期8年で、医師会会員は経験している。具体的に医師会会員の経営状態に資するような、何かしらの損失補填策がなければいけないことは明らかだったのに、すでにそれだけのことを無理押しする指導力が、安倍首相にはなかったのか、それどころではなかったのか。
結果として、会長選の結果は中川氏の勝利となったのである。

これを単なる、一団体の会長選として、コロナ禍のあおりでそういうこともあるだろう程度に見ることはできる。
しかし、疾病対策が焦点になっている最中に、政権と対応団体のすき間風が明らかになるという視点で見ると、ここには重大な政権の危機が見える。
コロナ禍に入って、アベノミクスの成果が霧散し、まして目標としてきた憲法改正などの達成は到底無理という状況に入り、後継総裁の顔ぶれも連日報道される事態の中、有力支持団体の会長職すら思うに任せないというのは、政権末期のレームダックの一つの象徴と思われるのも仕方ないだろう。

そして、これ以降、ますます安倍首相は表舞台から姿を隠し、ついには二度の精密検査を経て、身体状態を理由に辞任を表明するに至る。
政権掌握能力の衰えは、まさに日本医師会会長選に明らかに表徴されていたのである。


Author: talo

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