
そもそも、昨夜着いた時はもう暗くなってたので、この宿がどのくらい塩湖から離れてるのか、見えないほどの距離なのか、あるいはすぐそばなのか、まったくわからない。
そこで、朝起きてカーテンを開けてみたところ、部屋が塩湖側の部屋だったこともあって、少し遠くに塩湖が見えている!天気は薄曇りくらいだが、塩湖の上は晴れているので、白い平原が広がっている感じ。岸辺から丘のようになっていて、宿はその途中に建っているので、よく見える位置だった。でも、リャマの牧場なんかもあって、まっすぐには行けなさそうなので、歩くと20~30分くらいだろうか。
初ウユニ塩湖に、自ずとテンションも上がる。
ツアーのメンバーもみんなそうだったみたいで、食堂脇のベランダへ出て、みんなしてわーわー見ていた。
遠景でも、写真映えするので、写真好きな人は取り飽きない。

なにしろこれから4泊もあるので、最初から塩湖塩湖になると、だんだん見ても感動しなくなっていくだろうから、これはいい旅程。
今日の4WDは3号車。運転はアルフレッドさん。近くのポトシ出身で、英語もちょっとできる。運転も丁寧で、動物も見つけてくれる、頼りになる人だ。結局このツアーでは、長々乗る機会では、だいたい4WDの運転手さんは当たりだったので、とてもプロフェッショナルでいいイメージしかないのだが、実は昨日はぐれていった5号車のリチャードは、まだ初心者らしく、このあとははぐれはしなかったものの、運転が荒い(バンクなどもスピードそのまま突っ込むらしい)というので、非常に不人気で、くじ引きで当たっても嫌がる人が出たくらいだった。最後には、ここまでひどいと面白いということで人気を博していたが、まあ運転手の当たり外れはあるということだろう。
最初に屈葬のミイラのいるという洞窟へ向かう。
しかし、このところの雨で、洞窟内は浸水していて、見物に適当じゃないということなので、ミイラもいるし他にもこの地域の風俗なども見られる博物館があるというところへ引き返す。
この間、付近の村や村々を結ぶ道など(もちろん未舗装)を車で走るのだが、どの家も基本は日干しレンガか普通のレンガ造りで、電線と電気メーターは必ずあるものの、それ以外は昔からの生活の延長上で切らしている様子だった。これまで見てきた郊外の農家などもそうだが、こんなに車とかビニール袋とかがあるとは思えない、時間が止まったような国という感じがする。
ウユニの東岸、ウユニ市やコルチャニ村が、ウユニ塩湖の観光開発で潤っていることから、北岸も活性化させようということで、手始めにできたのが、泊まっているホテル、タイカ・デ・サルらしい。経済的発展に無関心ではないようだし、こういった村々もこれからだんだん変わっていくのかもしれない。

管理をしてるおじさんが、急にたくさん人が来たので、うれしそうにしていた。
ここでは、石臼のようなものや土器などの生活用具のほか、アルマジロやピューマといった動物のはく製、織物などの生産品などが見られるが、民家のひと部屋に適当に置き並べたといった感じで、博物館というほどのものでもない。
しかし、日本人からすると、見る物すべて珍しいので、みんなでわいわい言いながら写真を撮っていた。
ミイラが安置されているのは、ここの向かいの、現代芸術の美術館のほう。
現代芸術といっても、素人の自己満足の域を出ていないのだが、自然にとれる石や骨などを細工して、像を作ってあったりして、屋根もないところにそれらが雑然と置かれている。
ここにはミイラがいて、またトイレもあるので、みんな行かざるを得ない。
トイレは昨日と同じ、便器があって、タンクの水があって、適当にして水をかけるだけ。もはや驚かないで、みんな普通に入って行く。
ミイラは、少し崖のようになったところにある、穴倉のようなくぼみの中にいる。自分は、さすがに死んだ人だし、見世物になるとも思ってなかっただろうから、気の毒だと思って見なかった。

途中でビクーニャがいたのだが、アルフレッドさんがいち早く見つけて教えてくれる。2頭しかいなかったし、ずいぶん遠かったので、教えられないとわからなかっただろう。ビクーニャはリャマのようにいろんな色のはおらず、また色がツートンカラーのところが、リャマとは違うらしい。
この鍾乳洞まで行く途中の道も、山間の平地を行くのだが、今にも崩れてきそうな崖があったり、空の雲が相変わらず低くてきれいだったり、とにかくさすが南米大陸という、ダイナミックな景色が続いて、これだけでも来た甲斐があったという感じ。

鍾乳洞のようなところは、狭いので小人数に分かれて入るということで、その間待っている人は、すぐそこに塩湖があるので、見に行ったりして遊ぶ。
ここは近所の村が観光資源として管理しているようで、入山料をとる代わりに、ガイドをしたり、照明をつけたりしてくれる。他になにとて変わったこともないので、管理のおばさんが来ると、子どももみんな来て、飼い犬(2匹いる)も来る。子どもは、やってきて何かするわけでもなく、塩湖のぬかるみのようなところで、転げまわって遊んでいる。そんなところで遊ばなくてもと思うが、慣れた人にはそれが普通のことなんだろう。
鍾乳洞自体は、確かに変わった風景だったが、なんというほどのこともないところだった。しかも、段差のあるところを登るときに、頭をぶつけてしまって、目から火花が出るほど痛かったので、あまりしげしげと見る余裕もなく出てきた。
しかし、ここで見た塩湖が、とりあえず初めての塩湖至近見物だったので、あとでいやというほど見るとわかっていても、写真を何枚も撮ってしまう。

けっこうな山なのだが、裏から回ると登れるということで、登る。山自体は100mほどのものだろうが、そもそも高地にいるので、そんなするする登れない。自分は体調が悪いのも高地のせいかもしれないと思っているので、なおさらゆっくり登った。
子どもたちは地元の子なので、何ほどのこともない。道でもない斜面を駆け上ったりしている。
それをうらやましいと思いながら、やっと登ったら、確かにずいぶん景色がきれいだし、そもそも岩山自体が見どころという感じで、こういうことでもないと見ないだろう景色なので、登ってよかったと思った。
ここからの帰りに、またさっきのビクーニャがいて、わーわー言って撮る。
帰ったら、ホテルでお昼。
お昼だろうが夜だろうが、似たり寄ったりのメニューだが、山を登ったり降りたりしたあとなので、おなかもすいてるし、一通り食べた。スープが野菜たっぷりでおいしかったが、ハンバーグのようなものは、ちょっと食べにくくて、残してしまった。

気分はましになったり悪くなったりで、はっきりしないのだが、ここまで来て塩湖を見る機会に行かないのもどうかと思うので、出かけた。
まず、もう夕方なので、リャマが帰ってくる時刻で、朝はいなかった囲いの中にリャマがいる。カーニバルの時期で、リボンをつけたりしているのを、かわいいと言ってみんなで写真をとる。あまり近づきすぎると、威嚇してツバを吐きかけてくるらしいので、そこは要注意。
さて、リャマは十分に見たので、こんどは塩湖のはずなのだが、すぐそこに塩湖は見えているのに、いつまでたっても塩湖と並走していて、岸辺のほうへ行かない。
じつは、塩湖は大事な観光資源なので、それを見せるところを限っていて、それぞれ管理している村の許可を得て、車を乗り入れるらしいのだが、そんなことは知らないので、すぐそこに見えているのにいつ着くのかと疑問に思う。

このあたり、けっこう水がついていて、ちょっと歩くと20~30cmくらいの水深がある。底が溶けて不安定なところも多いので、いかにも雨季という感じだ。相方などは、短い長靴だったので、もう靴の中に水が入るのはあきらめて、ずぶずぶ入って行ってた。

景色はもうすっかり鏡面に見えるので、写真もいっぱい撮る。ちょっと日が落ちかけてきて、何をとっても絵になるので、もうみんな写真に夢中だ。おかしな人文字なども作ったりする。
このあたりで、かなり寒くて、水もずいぶん冷たいと思っていたのだが、他のツアーメンバーは平気そうだし、何より相方がとても喜んで遊んでるので、寒い寒いとも言えず、いっしょにいた。
一通り遊んで、明日はいよいよこの中へ入って行くのだと、みんな楽しみに帰った。帰りは、リャマが帰る行列に道をふさがれたのが、面白かった。
しかし、自分はいよいよ気分が悪くなるのがひどくて、食事もままならない。
スープだけ食べて寝ることにしたのだが、熱が出てきて、そうか風邪かと気づいた。またしても高山病ではなかった。
幸い、風邪薬と解熱剤と抗生物質を持ってきていたので、それを飲んでベッドに入った。
ここのベッドは柔らかすぎず硬すぎず、また毛布も非常に断熱性がよくて暖かく、寝心地が良かったのは、風邪のときには有難かった。結果的に、夜中にどっと汗をかいて目を覚ましたときには、熱が下がってすっきりした状態になっていた。
寝不足になると体調を崩しやすい自分なら、当然あってもおかしくないことだったのだが、車に乗ってるだけであまり疲れを感じていなかったこともあり、これまた油断というほかないだろう。
ベッドのおかげで体調が戻ったら、おなかがすいたので、ラパスで買ったポテトチップが半分残っていたので、それを食べて、また寝た。